ラブコメとわたし35度/夏のタガミ町をわたしは顎を突き出して歩く。へばっている。頭が茹だっている。補習、それから生徒会の仕事があったのだ。モヨリの鬼ぶりが発揮された結果だ。この世の理不尽の象徴たる彼女にファックユーと意思表示したいところだけれども、その結果は想像したくなかったのでそうしない。ああ、帰ったら炎天下のなかトマト畑の世話を手伝わなくては。ああ、この世に地獄があるとすれば今だ。と、目の前を白髪の男性が歩いている。といってもお年寄りではない。わたしよりもいくらか年上くらいだ。彼が振り返る。「ミズホか」「んん?」どちら様でしょうか。首をかしげる。数秒。「シロウ?」「……よくわかったな」「わたしの勘も捨てたものじゃないね」「それなりの付き合いなのだから、洞察を発揮して欲しいところだったな」「わたしのおつむはそんなに信頼できる?」シロウ、沈黙。「そういうわけよ」「どうしてバリカンを取り出す!? というかどこから取り出した!?」「染みついた習慣って怖いね」わたしはバリカンを懐にしまう。「神の獣たるオオカミに毛刈りするのはお前くらいだ……」「ちゃんと有効活用しているよ?」「無駄なくというのはいい言葉だな。俺がターゲットでなければ」「んで、シロウはなんで人間のコスプレしているの?」「不思議そうに言うな。カスミさんが人間になるのだ、おかしくないだろう」「確かに、リスが人間になるわけだし」言いかけて。「んんん?」なんかおかしいと首をひねる。なんかいま、引っかかりが、ええっと。「カスミ、さん?」「う」シロウが明らかにひるむ。「んー」シロウの顔を見つめる。洞察なるものを発揮すべきだろう。シロウの反応は顕著だった。「あー」赤面し、身体をもじもじさせる男性に美を見いだすのはそれなりの難事業だと再認識する。「カスミのこと好きなの?」「……うん」こいつ、思春期の少年か。とはいえ。「へー」「なんだよ、その反応」「や、そうなんだって思っただけ。んで、カスミのところにゆこうっての?」「そうすべきなのだが」「決心がつかないと」「ミズホの勘か」「洞察するまでもないよ。きっとほぼ毎日どこかのマンガに出てきそうな展開だし」「悪かったな」「王道を否定するつもりはないよ」「……そんなものか」「わたしは経験ないけれど、たぶんね。そして今のシロウに必要なのはふんぎり」「だからなんでバリカンを取り出す!?」「物事の区切りに、断髪式はよくある儀式なのよね」「それはフラれたときとか、終わったときにやるものだろう!? もう終わったと思われているのか!?」「ううん。シロウが覚悟を決めるために、今すぐできそうなことを選んでみたの。あとはわたしがイケメンをスキンヘッドにしてみたい欲を満たしたくなった」「やめて!」シロウとカスミの2人(?)はどうなるのだろう。そんなことを考えつつ、わたしはシロウの悲鳴を背景にバリカンを動かす。