子どもの頃に買ってもらった動物図鑑を開く。何度も何度も読み返したため、あちこちが黄ばみ、汚れている。図鑑には虎について扱う特集ページがある。そのなかで、虎は泳ぐことができると書いてあった。それで、虎は水辺の生き物だと思いこむようになる。わたしは虎と暮らしたくて、海辺の街に移住する。海にも、川にも、学校のプールにも(塩素臭のため不評だったようだけれど)、虎がいる。虎はモモンガのように足と胴体についた皮膜を器用に使い、のんびりと泳ぐ。水から上がると、巨体を震わせて体毛に突いた水分を吹き飛ばす。その風圧と水滴で、子どもが吹き飛ばされ、けらけらと笑う。虎は子どもの頬を大きな舌で舐めて、遊んでやっている。それがふと止まる。何千頭の虎がいっせいに同じ方向を見る。黒くて、名状しがたくて、数十メートルの体高をもつなにかがやってくる。虎たちは一斉に駆け出し、それにかみつく。それはあっというまに虎の胃袋に収まる。すると、子どもたちは虎の背後まで走り、立ち止まる。虎は身体を震わせて、おしっこをする。虎のおしっこは真後ろに噴射され、子どもを直撃する。子どもの肌に黒くて名状しがたい模様が生じ、肉体を変形させてゆき、虎になる。子虎たちはあちこちを駆け回る。しかしその変化は10分が限度である。子どもの姿に戻ると、また遊びたくて、虎の背後に駆けてゆく。虎たちはあくびをして、子どもの遊びにつきあう。