決まった時間に口が勝手に動き、歌を歌うようになる。わたしの声ながら、イマイチな技量であるとわかる。けれどもわたし以外にとっては、それでもないらしい。散歩の途中、コンビニでレジ待ちをしているとき、わたしの口から歌が流れ始めると、居合わせた人はひざまずく。胸の前で手を組み、なにかを一心に祈り始める。わたし以外の人ははわたしの歌になにを聞いているのか、気になって録音してみる。端末からわたしの声が再生される。特に変化はない。仮説/生声でないとだめなのだろうか。仮説/リアルタイムでないとだめなのだろうか。わたしはリスナーインタビューをやっているラジオ番組へ、片っ端からハガキを書く。数ヶ月後、わたしの端末に電話がかかる。インタビュー当選のお知らせ。電話を取り、時間となる。DJのインタビューを無視して、口が勝手に歌い始める。ラジオの電波にわたしの歌が乗る。ラジオDJに変化はない。インタビューを終え、その日を終える。次の日のニュースを見る。すべての戦争が終わったと報じられている。運転中に祈りを捧げたドライバーの交通事故が10万件同時発生したと報じられる。次の日になる。わたしは特定の時間帯、可能な限り家を出ないと決める。次の日。これは聞こえなくなった祈りのためなのだと言いながら、聖戦が同時多発する。決まった時間になり、わたしの口が勝手に動き、歌を歌う。その歌は誰かのなにかを変え、なにもわたしを変えない。